ピアノの詩人 ショパン

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フレデリック・フランソワ・ショパン

 
“ピアノの詩人”と称されるポーランド出身の天才作曲家
 
 ショパンはその作品のほとんどをピアノ独奏曲が占め、ピアノの詩人とも呼ばれるように、さま ざまな形式、美しい旋律、半音階的和声法などによってピアノの表現様式を拡大し、ピアノ音楽の新し い地平を切り開きました。
 
 ポーランドの民俗音楽を採集し取り入れた作品を数多く作曲しています。ワルツ、ノクターン、 エチュード、ポロネーズ、スケルツォ、マズルカなど、ショパンの音楽は、今日、世界中で演奏され、 愛されています。
 
 ショパンは、7歳ころから作曲を始め、ワルシャワの音楽愛好家たちに「モーツァルトの後継者 」と噂されるほどでした。8歳で開いた最初の公開演奏会は大成功を得、一躍、貴族社会の寵児となり ます。
 
 16歳でワルシャワ音楽院に入学し、20歳で卒業。より広い活動を求めて音楽の都ウィーンへ旅立 ちます。時期を同じくして、ワルシャワで支配者ロシアに対する革命が起こり、ショパンも祖国に戻っ て一緒に戦おうとしますが、ショパンの才能を思う周囲の強い勧めで、芸術家たちが集まるパリへ落ち 着きます。以後、二度とポーランドの土を踏むことはありませんでしたが、祖国への強い想いは消える ことがなく、すべてがその音楽に注ぎ込まれています。
 
 容姿端麗でジェントルマンだったショパンは、パリの社交界で時の人となります。そこで出会っ た、男装の麗人として名をはせた女流小説家ジョルジュ・サンドとのロマンスは、後に数々の映画や小 説の題材となっています。
 
 1849年、ショパンは肺結核のためパリで39年の人生を終えます。葬儀は、パリのマドレーヌ寺院 で行われましたが、ショパンの生前の希望によりモーツァルトの「レクイエム」が演奏されました。
 
 そして、心臓は祖国ポーランドへ埋めてほしいという遺言により、ショパンの姉がポーランドに 持ち帰り、今もワルシャワの聖十字架教会の柱の中に静かに眠っています。
  フレデリック・フランソワ・ショパン
 
 

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